ええ、本当です。


 

こんにちは。工学部機械システム専攻4年の廣瀬海音と申します。

8代上の大先輩のOBに出会って10分、ふたこと話しただけでオもろいやつと見抜かれたことで話題の大成から指名をいただきました。

 

まずは活動報告から。

 

先週は当初金曜日に学生リーグとIリーグが予定されていたものの、延期になってしまい試合はありませんでした。宮城県はまん防から緊急事態宣言に格上げされ、大学の対応も、課外活動における学外者との対面での接触は禁止と、かなり厳しい状況です。これに伴い、宣言解除予定の9月12日までに予定されていたリーグ戦は全て延期となりました。実はもう事実上引退でした、みたいなオチにうっかりなってしまわないか心配です。そこまでではなくても、昨年みたく1回戦総当たりに変更、などといった悲しい結果にもならないことを祈ります。

 

そんな中、先日は紅白戦を行いました。スコアなどは割愛しますが、短い時間で何点も入っていたので良いイメージを持てた人も多かったのではないでしょうか。練習試合を組むことも許されない状況下、こういった紅白戦を対外試合に見立て、1本ごとに熱量をもって望んでけるようにしていきたいですね!

 

 

以下雑記。

 

自分が尊敬できるメンターを見つけろ。

 

OddTaxiでドブさんがカバ沢にそんなことを言っていた。でも、リスペクトを持てて、先輩で、かつ真面目な相談に親身になってくれる人って実際なかなか出会えない。大学4年ともなると、ぼやっとしてると人間関係は狭く限られてきてしまう。新しい関係を増やす努力をすればいいのだが、そんな余裕はなかなか無いのも現実。今幸運にも持てている人間関係と数少ない新しい出会いは大切にしなければならないな、と最近思う。

 

 

メンターなどとはとても言いがたく、リスペクトしているみたいに書くのは悔しい気もするのが正直なところだが、身近にいた人で、先輩で、自分に影響を与えた人、という意味では、自分には1人強烈な人物が思い当たる。高校の頃の話なので時期や記憶が不確かな部分もあるが、その人についてちょっと書いてみたくなった。大半の人は興味ないと思うのでブラバ推奨。

 

 

出会いは高校1年の春。ウキウキと緊張が混ざり合った気持ちの中入部したサッカー部に、Rはいた。童顔のRは不機嫌そうに、集められた新入部員の前に歩いてくると、こう言った。「じゃあオーバーヘッドスクワット300回ね」当時はどんなトレーニングか知らなかったため、見よう見まねで始めると、これがかなりキツい。30回でギブ。Rは姿勢が崩れている人を見つけると遠くから甲高い声でヤジを飛ばしてくる。自分を含め、大半は小一時間かけて必死に続け、途中で脱落した。このメニューを知っていた同期のUは始める前から無理だとRに文句を言っていた。あとで、心の中で激しく同意した。入試に落ちた親友よ。君はここに来なくて本当に幸運だった。本気でそう思いかけた。

 

 

とんだ鬼畜として自分の目の前に現れたその人は、どうも学生コーチらしい。KO大の2年生で高校のOB。まだ自分の高校に推薦入試のあった時代、関東大会優勝を知る世代だった。

 

 

そして梅雨の終わり頃。担当がRになる回数が増え、甲高い罵声を浴びる日が増えた。その頃から日常でも、目をつむると罵声が聞こえてくるようになった。人格のないあだ名をつけられる人もいた。腐ったリンゴとか、緑のコーンとかね。もう僕らは生物ですらないのか。ふざけんな。Rは確実に自分らを嫌いだったし、そう語っていた。同様に、1年生のRへの不満はたまる一方だった。

 

 

鬼畜エピソードは挙げ出すと本当に切りがないが、Rが鬼だったことを伝えたい訳ではない。でもふつう、大学2年生が高校生相手にそこまで非道になれる?

 

 

慣れる能力は人間の長所の一つである。この言葉には半分賛成で半分反対だ。捉えようによっては危険な考え方な気もする。さて、夏が過ぎると変化が起こり始めた。言葉にするのは難しいが、自分らを明らかに嫌っていた態度が、少し会話ができる状態に変わった。自分らがストレスに慣れることで、いままで見えていなかった部分に気づいたのかもしれない。逆に考える余裕が生まれたのかもしれない。いずれにせよ、自分らにとってはそれまで理不尽な罵声だったものが、乱暴な対話に聞こえるようになってきた。きっとこの変化が大きかったんだろう。するとどうやら、自分らの考えていた当たり前は当たり前でなく、限界は限界でなく、全力は全力でなかったらしい。少なくともRその人にとってはそうだった、ということが徐々にだがわかり始めた。

 

 

そこには、サッカーに本気でない(=不誠実な者)には不誠実に接する、というロジックがあったのかもしれない。なるほど確かに、大学生活を捧げてまで本気で指導しようとしている立場からすると、本気で望んでいるように見えない不誠実な生徒のことは嫌いにもなる。自分らの本気は、Rにとっては本気ではなかったということか。この頃から、納得はともかく、考え方を少しは理解はできるようになった。Rが勝手に自分の時間を使ってるのであって、その姿勢に対して同じ熱量で向き合わないことを責められるとは、なんて迷惑な!と普通は思うところかもしれない。しかし、自分らとRはサッカーに本気でありたいという一点でつながってしまっていた。そしてそれゆえに、甘いと見下され続けるのは悔しかった。そこから自分たちは、心の中でさすがにそこまでは、と線引きしていた妥協のラインを見つけ、それを踏み越える、という手続きを繰り返した。

 

 

高校2年になると、それまではRとの戦いだったのが、自分との戦いに置き換わっていた。サッカーに対してどこまで時間を使えるか、妥協はないか。これは自分だけじゃなかったと思う。Rは1年間で、様々な考え方をもった集団だった1年生を、そんな風に変えてしまった。そして次第にRの誠実さを感じ取れるようになった。たしかに、Rがつぎ込んでいる時間と情熱は本物だった。淘汰されてしまった人もいたが、残った人はサッカーに対する姿勢がブレない’仲間’になった。彼らはその点において信頼できる。多分生涯いついかなる時に顔をあわせても、互いの信頼感が薄れることはないと思う。今後もよろしくね。

 

 

でも、それだけでは勝てないのがサッカーという競技。努力で成長できる部分も多いが、それと同様に、努力じゃどうにもならない部分もきっと多いのだろう。努力によって願いに近づく事はできても、叶えることが許されるのは一握りの人間。それは椅子取りゲームのようなものだとも思う。たどり着くことはできなかったが、大事なものは目標までの過程に落ちていた、と思いたい。

 

 

—その点東北大学のサッカー部は努力できる方向が多様なのは良いところ。ひたすらにプレーを頑張るしかなかったあの頃と比べて、分析、広報、審判などと、活躍できる場所が多い。そしてそれゆえに、いろんな人がいて良いはずである。その上で、目指しているところが一つにそろっていると、強い。ここが、東北大サッカー部の目指すべきところだ。

 

 

さて、そんな2年間を過ごす中、Rや先生方、同期の仲間たちと接したことで、自分は多少、人の誠実さに気がつけるようになったと思う。そして、誠実に接してくれる相手に対しては、こちらもできるだけその誠実さに答えたいと思うようになった。生きていく上でこれからも大切にしたい事があるとすれば、これなんじゃないかな、と改めて思う。今ではもう当時のRより年上になった。いま振り返っても、なぜ大学2年生が生意気な母校の高校生に対してそこまでのエネルギーをつぎ込めたのか、ぶつかれたのか、想像もつかない。Rと同じく学生コーチを志した同期のUやUなら、感じるところはあっただろうか。ただ、主将の1年を終えた今でこそ気づく事も多い。一つ言えるのは、多様なバックグラウンドと考えを持つ高校生たちをサッカー沼に引きずり込み、一色に染めてしまうだけの行動力はスゴかった、ということだ。

 

 

その後、Rが就活で来られなくなる2年の冬までエピソードに事欠かないが、Rの話はここまで。R天に就職した後やめてどっか行ったらしいが、その後は知らない。本人がこのブログを見たら、うわ、気持ち悪るといわれそうなので、目に入らないことを祈る。一応言っておくと、ここで出てきた個人名や固有名詞は、現実と一切関わりはありません。ええ、本当です。

 

 


ここまで読んでくれた人たち、抽象的な言い回ししかできず、分かりにくい文章ですみませんでした。そして長文にお付き合いありがとうございました。あなたはきっとある意味私に対して誠実な人なのでしょう。誠実な態度でお返しできればと思います。どうせ遺言ブログでマジメな内容を書くことになるので、本当は今回はゆるくてどうでもいいような内容にしたかったんです。インディアンポーカーの奥深さとかについて語ろうとしていたのですが…。話自体がゆるくなくなってしまいました。結局何が言いたかったのかって?吐き出したかっただけです。今回は自己満色の強い内容になってしまいました。反省です。みんなの影響を受けた人の話も聞いてみたいな。


 

 

話は変わって、大成におまえ燃焼の研究してるだろ花火語れ的なことを書かれたので言っておくと、花火のような固体燃料のデフラグレーションは自分の対象外なんですよね。残念。研究対象はどっちかというと脇役、チャッカマンの方です。そう言われると地味ですね。そんなことより、夏の花火と言えばあの神奈川新聞の花火大会ですよね!めっちゃ混雑した東横線にのって夕暮れのみなとみらいへ繰り出す高揚感こそ青春!だったと思います。この感覚が伝わりそうな神奈川県民の部員が1年のころは自分だけだったのに今となっては8人!嬉しい限りです。そろそろ川和から東北大サッカー部に来ないかな。自分は引退するけど待ってますよ~!

 

 

さて、次のブログはコロナと大学院試験のダブルパンチにより200日以上まともにサッカーをしておらず、すっかり白くなってしまった高松脩が担当します。

 

 

彼は久々にサッカーができて最高に楽しかったであろう復帰初日から約1週間が経ち、そろそろ今度は引退が迫っていることに焦りを覚えて来始めてる頃なんじゃないですかね。いちおうお題はインディアンポーカーの面白さ、にしておきます。あのゲームって、他人に映った自分を見て、自分を評価しているんですよね。人間関係そのものですね。はい、お題は無視しても構いません。NGワードは「楽しい」で。それでは。

 

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追記

本当はタイトルは「田中革命」にしたかったんですが、TPO的にやめました。OddTaxiからの引用です。OddTaxi面白いですよ、アマプラで見られます。オススメです。

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