サッカーできる日が待ち遠しい


こんにちは。東北大学 法学部4年の原雄飛です。近頃は個人的に色々と大変ですが、気楽にやっています。

さて、

コロナウイルスが大きな影響力を持っています。東北大学サッカー部も未だにグラウンドでの活動を再開することができておらず、今月頭に予定されていた天皇杯予選も棄権することになりました。活動内容としては先週に引き続きオンラインでの筋トレと、各自ランニングにとどまっています。

新入生は大学で友達にすら会うことができず、なんとなく孤独感を感じている人もいるかもしれません。サッカー部では新入生のオンライン筋トレ参加を歓迎していますので、ぜひ一緒に運動しましょう。

ここからは雑記です。

とある本を読んでいたところ、面白い記載を見つけたので引用します。

「命のエネルギーがはかれるのでは?」そんな研究をした方がいます。東京大学物性研究所などで研究された川田薫理学博士です。川田博士が行ったラットの実験で、ラットは死後、約1万分の1、体重が減るケースが多いということがわかってきました。この減った分が命の質量ではないかと。川田教授がユニークなのは、これをモノでも試したことです。モノ(商品A)の重さを量り、そしてそのモノを全ての部品に分解し、各部品の重さをはかり合計します。〜中略〜 これもまたラットの実験と同じように、分解すると、1万分の1の重さが減るのです。 商品Aと、分解したものの違いはなんでしょう?違いは「役割」だけです。わかりやすい例で、目覚まし時計で説明しましょう。そもそも目覚まし時計は、「目覚めたい時に、ちゃんと起きられるように」という想いを込めて作られています。目覚まし時計を分解してしまうと、この「役割」が消えます。「役割」という、この思いの分の重さが、1万分の1といえるわけです。〜中略〜 思いは役割になり、そこに命(魂)が宿るのではないでしょうか。〜中略〜 人のミッション(役割)は、モノとは違って、あなた次第で、自由自在に好きなだけ生み出せるのです。
                『明日死ぬかもよ?  著ひすいこたろう』

なるほど、なかなか信じがたい内容ではあります。笑笑

自分自身、就活をする中で、社会における自分の「役割」は何なのか、何をするために自分は生まれてきたのだろう、などと色々考えることがありました。「役割」を理解するために、自分の生い立ちや過去の経験を振り返って、自分の内にある「思い」を探しました。ただ、頭で望んでいること(いっぱいお金が欲しい、成功したいなど)が邪魔してきて、心が望んでいること(家族や友達と過ごす時間が十分にある、自分が心から好きでやりがいを感じられる仕事をしたいなど)を純粋に見つけるのが難しかったです。

話はサッカーに移りますが、東北大サッカー部では一昨年から理念が規定されています。

『Enjoy Football』にある通り、「俺たちが楽しみ、皆を楽しませる」。東北を牽引するチームになるべく、全力でサッカーに取り組むとともに、サッカーを通じて東北に貢献する。それを実現するために、部員が各ポジションで、そして各班で「役割」を持って活動する。

部の理念は『Enjoy Football』と決まっていますが、その理念実現のために各々がどのような「思い」を持って活動するか(誰を楽しませたいのか、など)は自由です。この自粛期間中も理念の実現に向けて、各班が様々な「思い」を持ち、活動が行われてきました。ただ自分自身の今までを振り返ってみると、特に班活動において、思いと役割を強く意識することなく活動してきてしまったと反省です。脱退した渡邉くんがブログ(先々週のブログです)で書いていたように、一度理念について、サッカー部について、その中での自分の思いと役割について考えてみたいと思います。引退まで残り半年もありませんが、何かしら「思い」を持って「役割」を果たせるように頑張りたいです。

今までに3回ブログを書きましたが、本当にくだらない内容を書いていて反省したので、今回は少しばかり真面目な内容を書いてみました。次回のブログは舘野裕紀君にお願いしたいと思います。しばらく舘野君と会っていないので、元気にしているか心配です。元気そうな写真でも載っけてくれると嬉しいです。

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