第一回みちのくサッカーフェスティバル in とんぺー

こんにちは。東北大学文学部三年、お笑い、アントラーズ、そしてユヴェントスが大好きな羽成隆太郎です。今回のブログは通常のブログと違い、広報班からの宣伝という形でお送りしたいと思います。よろしくお願いします。

さて、早速発表しますか。タイトルにある通り、我々東北大学学友会蹴球部は「みちのくサッカーフェスティバル in とんぺー」を開催いたします!これだけ聞いてもピンとはこないと思いますので、簡単に説明します。

・日時 12月21日、22日の二日間  ・場所 東北大学川内グラウンド

・形式 リーグ戦  ・対象 東北の高校生 ・参加校 5校

箇条書きですみません。基本情報はこんなところでしょうか。二日間にわたって、リーグ戦形式で試合を行います。たくさんの高校にお声掛けをした結果、5校もの高校が参加してくださることになりました!第一回目ということもあって、何もわからない状態から始まったので、たくさんのご無礼ご迷惑をおかけしたと思います。我々の活動にご協力してくださり、大変感謝しております。

さて、今回のサッカーフェスティバルを開催するにあたって述べたいことがあります。広報班は以前にも、部内イベントとして大運動会の運営もしました。今回で2回目のイベント運営です。部外イベントを運営するのは初めてです。イベント自体は2回目ですが、我々広報班がイベントを開催するにあたって一番大切にしていることがあります。それは、目的を明確に設定するということです。目的は出発点でもあり、終着点でもあります。最初の点から最後の点まで一本の線を結び、行動をブラさずやり通すために目的はあると思っています。今回のフェスの目的ですが、一言で表すと「東北への貢献」です。この言葉は現在の蹴球部のテーマとなっている言葉です。全国津々浦々集まってきた我々が東北に何かできることはないか、東北のサッカー界に何かできることはないか、東北地方にある大学の筆頭である(多分)我々が行動を起こすことで、東北の大学サッカーに注目してもらえるのではないかなど、「貢献」を目的/軸に今回のフェスティバルを行なっていきたいと考えています。「貢献」への第一歩です。我々のことを知ってもらうための一歩です。(大きな口を叩いていますが、東北大学に優秀な選手が入って欲しいという下心もありつつといった感じで。笑)

我々が今回のフェスで掲げた「貢献」はサッカーだけではありません。1日目の試合後に高校生との交流会を予定しております。この交流会では大学について、そして受験についてなど、過酷な受験戦争を勝ち抜いてきた我々にしかできない話をしたいと考えています。交流会も「貢献」への一歩です。まあこの交流会は一年生に全て任せているので、貢献できたかは一年生の頑張り次第といったところでしょうか。頑張って!先輩!

今年の7月から約5ヶ月間、フェスティバルのために準備をしてきました。2019年最後の大仕事です。部員のみんな、成功できるように精一杯頑張ろう!もし、フェスティバルに興味を持っていただけた方がいましたら、12月21日、22日二日間ありますのでぜひ見にきてください。また、高校サッカー好きという方がいましたら、ぜひ川内まで足を運んでください。スケジュールなど詳しいことは書いておりませんので、気になる方がいましたら近くのサッカー部員にお聞きください!詳しく教えてくれます!よろしくお願いいたします。

最後になりましたが、ここまで協力してくださった全ての方々に感謝いたします。ありがとうございます。

本番はこれからです。絶対成功させましょう!

東北大学 羽成隆太郎



【遺言ブログ⑦】代表ウィークはやっぱり退屈だし、観てて楽しいのはクラブ、スゲーのは欧州、だけどアチィのはJ、というよりマリノス、むしろチアゴマルチンスという週末

こんばんは

土日のサッカー視聴が生きがいの経済学部4年坂井響です。

とりあえず結果報告から

経済学部ゼミ対抗フットサル大会

大瀬戸ゼミVS福嶋ゼミ   1-2 ●

坂井(露村)

引退試合となる試合でしたが菅野、関根の所属する福嶋ゼミに敗北、賞金15,000円には届きませんでした。来シーズンのリベンジを高木に託したい!

さて、遺言ブログの最後ということでお付き合いください。

他の4年のブログをパクりつつ構成しました。

①後輩へ

特に今、公式戦に出れてない後輩へ

ここで印象に残っているある先輩の言葉をひとつ

『今試合出れてないならこの先ずっと出れないよ?』

1年の試合出れてないときに言われました。

現実は厳しいです。

上が引退しても下から上手いやつが入学してきます。颯汰が言ってたように試合に出れずチームには貢献できないです。(颯汰は3年前期はスタメンだったけどね)

筋トレしても、練習の強度上げても、高校生との練習試合でアピールしてもトップでは試合に出れないです。『悔しいなら本気出せよ』という名言がありますがハッキリいって周りと比べて恵まれてる奴の結果論です。本気出しても努力しても結局変わらない、悔しい、だったら最初から努力しなくてもいいやってその状況に慣れていきます。

俺はこれで中学3年間終わりました。

1、3年生でこんな状況の人がいたら危険です。まだ時間はあります。颯汰のブログをよく読んで練習にとりくみましょう!パイソンのようになにかよくわからないけど掴み取れるはずです。

チーム内で上手いほうとかじゃなくてリーグ戦で通用するかしないか基準で自分のスキルを判断し磨いて欲しいです。

チーム内でドリブル上手いって評価でも試合で通用しないならドリブル上手くないのと同じよねってことです。

学生スポーツの最終段階の大学サッカーで武器は取捨選択して磨かないといけないっていうのが個人的な考えです。自分にフィジカル的能力あって良かったと心底思います。

②大学サッカーを振り返り

センセーショナルなIリーグデビューを飾るもの後期は筋トレと牛丼作りしかしてない1年目。

天皇杯トップチームデビューの試合で捻挫、大臣杯の4日後肉離れ、筋トレと牛丼作りに勤しみ、サッカーノートを書き始めた2年目。

牛丼屋から主務にジョブチェンジし、レギュラーといってもいい3年目。

メンバー入りした全ての試合で途中交代した4年目。

試合に出れない辛さ、筋トレの快感、ケガ、リハビリ、主務、勝つ喜びいんろんなことが詰まっていてよりサッカーが好きになりました。

総括すると東北大の交代枠は坂井響のためにあったということです。

最後に

東北大学学友会蹴球部の先輩同期後輩一緒にサッカーできて楽しかったです。感謝。

強くて速い身体に育ててくれた両親、俺は応援しに行ってないのに観に来てくれる弟ありがとうございました。これからもよろしくお願いします!

また美里FC、F.C.コルージャ、大宮高校で一緒にサッカーしてくたチームメイト楽しい思い出をありがとう

はい、うまく締めました。異論は認めます。

後輩の活躍を楽しみにしています。

【遺言ブログ⑥】卒業とは

おはこんばんにちは、経済学部4年の中村颯汰です。朝起きたら泰斗から颯汰の汰の字を間違えたと謝罪LINEが来ており静かに喜びました。自分から彼の誤字を指摘しなくて良かったです。自発的な行動って素敵ですよね?

はい、残すところこれを含めて残り2回の遺言ブログここから書いていきたいと思います。

みんな遺言らしく思い思いのことを書いて来てくれましたね。良いブログでした。
そんな中で僕がさいごの言葉として何か残したいことはあるかなって考えた時に思い浮かんだのが、後悔はしないようにってことです。しゅんたんのように綺麗なメッセージにはまとめられませんでしたがお許しください。

僕の中で後悔として残っているのは、結局チームのためになれたと思えなかったということです。偽善っぽいし偽善です。
当たり前のことですが試合に出て活躍するのが一番の貢献だと思います。ですが、悲しいことにそれが僕には出来なかった、、、
どうしたら試合に出ずともその幸福をフルに得られたのでしょうか?

一つ目、質の良い石ころになる。
もっと一つ一つの練習で他の人に勝つことを意識していれば良かったんです。ちゅーそんが言っていたように練習に楽しさを見出だすスタイルも、勝てる点を見つけて磨くって点では似てると思います。若干負の感情に侵されやすい僕でも本当に練習に集中し切れれば、少なくとも練習中はのびのび出来ただろうし他の人にちょっとは傷をつけられたのかなと思いました。
練習って一番チームの方向がまとめられる場な気がするんですよね。
競技スポーツって外敵を倒して大きな戦果を挙げたいけれど、まずは仲間内で生き残らなければ始まらないですよね。その競争環境が練習なわけですから、みんな淘汰されまいと必死なはずなんです。しかもチーム内でバチバチできれば、そのエネルギーをそのまま外敵にぶつけられそうじゃないですか?
なんかキモいし混乱したので一回切ります。
何が言いたいかというと、チームメートに影響を与えられるかもしれない練習で全力を尽くしていれば、間接的にチームの肥やしになって多少の満足感が得られたのではってことです。
練習から他の部員を強く意識すれば泰斗が言っていたように良いところが盗めたり、競合する選手と自分の違いが見えたりチームの状態をなんとなく知ることが出来たんじゃないかなって思ったりもします。
切磋琢磨って言葉がありますが、僕は磨くことも磨かれることもないフッニャフニャのコンニャクでした。

二つ目、石研ぎじじいになる。
まあ先輩らしく振る舞えていればってことですね。
上級生である3年の後期からの話になりますね。飛躍するチームに朽ち行く己、なんとも言えない諦念に襲われた一年ちょっとでした。単純に全く戦力になれなかったのは寂しかったんですけど、試合には出られなくても上級生としてやれることってあったよねって思いました。
僕が大学入学以降見てきた先輩は本当にカッコよかったです。試合に出てる姿は勿論ですが、それ以外のところで声を出したりして盛り上げようとするところが好きでした。チームのことを思って行動できる余裕と勇気。うちの代の他の子も意識してたんじゃないかなと思います。ただ僕にはそれが出来なかった。けっこう色んな感情があってやりきれなかった。これが本当に残念。残念でならない。
そしてiリーグの最終節、痛感しました。人生で初めて円陣で声を出させられました。兎に角締まらない。ふざけているわけではないのに。案の定試合は本当に緊張して心強い後輩に助けられました。
あの日に関しては宗村の長浜への愛に負けないくらい長浜に愛を感じました。
試合中は二ッ森に怒鳴られました、ほんと頼りになります。
っとまあ先輩らしさがありませんでした。
妖怪石研ぎじじいになるためにはどうすれば良かったのでしょうか。
結局練習をしっかりやって自信をつけることなんですよね、練習大事でした。

大学生活をある程度部活に食わせておきながらこんなしょうもない悔いを残すのはもったいないと思うので、部活を続ける人は一度自分のなりたい姿、なりたくない姿どちらも想像して大学生活を豊かなものにして欲しいと思います。この際なりたくない姿に自分を設定してくれても文句は言いません。ただ僕に伝えないで。

付け足し。試合に出ていないとチームの成績が自分とは縁遠いものに思えてしまいます。チームが不調の時はむしろ気分を良くしてしまう可能性もありますが、逆にチームが躍進している時はどうでしょう、とっても寂しいです。今年は制度の面から部員全員がチームに関われるようにし、選手に帰属意識を持たせるような仕組みをつくろうとしていてとても素晴らしいと思います。港斗も触れていましたが、試合に出ていない僕が言った方が説得力あるでしょう。各々がチーム、部員を思いやって行動し、より良い集団となって活躍していくのを陰ながら応援しています。
彼女が出来ない限り、遠征時の飲み会にはなるべく顔を出したいと思っているので現役の子は仲良くしてね。

っとまあ、あまり新鮮味が無い話になってしまいましたが、言いたいことをまとめると孫子の兵法はいいぞってことです。

例に倣って、、、
東北大学学友会蹴球部に入ったことで出会えた方々、本当にありがとうございました。
虚無になっていても不思議ではなかった僕の大学生活が2、3色くらいで色付けされたような気がします。この4年間をこれからの人生の糧にしたいです。
そして両親、ここまで散々お世話になりましたが、これからもお世話になりますヨロシクね
最後に、4年間過ごしてきた同期のみんなホントにありがとね
愛してるぜ!!

ってことで、次はラスト!この代の遺言ブログは響に締めてもらいます!
よろしく

【遺言ブログ⑤】エモいって言葉マジ便利だけどマジで中身ねえよな

こんにちは。工学部材料科学総合学科4年の三輪泰斗です。タイトルは最近思ったことです。この言葉使うやつ正直下に見てます。

今回のブログ書くにあたって、書くこと思いつかなくて先輩の引退ブログ見直してたら、最初はしょーもない雑談でいいみたいなので、そうします。

部活引退してからもうすぐ三週間経過しようとしています。早いですね。自分はうまく切り替えて、思い残すこともなく、今までできていなかった卒論に向けての実験をこなしています。

って、そんなわけあるかーい!

未練タラタラだわ!今週も練習行っちゃったわ!部活楽しいわ!ちゅーそんブログ風に言うと、うまく切り替えられないですねwww って感じでしょうか。あの読点のない文体好きなんですよね。

まあ、それでも暇な時間は多いわけで(実験しろよ)、最近は自分の将来について考える時間が増えました。自分は何になりたいんだろう?と自問自答して、ラーメン食べてたらラーメン屋さんをやりたくなってしまったので僕はもうだめです。

今年いろいろな学年とカラオケ行って(実験しろよ)気づいたんですけど、各学年カラオケに色があっておもしろいなーって思います。勝手にカテゴライズしました。

1年 オタクカラオケ

2年 バカ騒ぎカラオケ

3年 ガチ採点カラオケ

4年 自分の歌う曲以外興味ないカラオケ

こんな感じです。クソどうでもよくて草ァ!

はい。雑談終わりです。雑談の内容に一貫性がなさ過ぎて自分でも笑ってしまいました。ツイッターかよ。

本題入ります。自分は正直サッカー部でやってきたことなんて楽しくサッカーしていただけで、みんなみたいにチャリンコ部入ろうとしたり、悔しいから本気出そうとしたり、これから書かれるであろう地球外から来たロボットだから股関節の故障をなおせなかったみたいな苦しいエピソードなんてほとんど持っていません。なのでやっぱ語れることはどうやったらうまくなるのかぐらいしかないんですよね。幸せなポジションにいたわ~

部活では4年間試合に出ました。なぜか首脳投票では副部長に一票しか入りませんでしたが。1年生の頃はほとんどヘディングしかしてなかった気もしますが、3~4年ではいろいろなことができるようになりました。正直4年が一番サッカーうまくなった気がします。で、試合に出るためには何が必要かちょっと考えてみたので、ご参考までに読んでみてください。とはいっても割と菅野と書いてること同じだったりします。

①自分を知る

自分は何ができて、何ができないのかということを考えてください。そのあとに、自分の成長できるポイントはどこかということを考えてみてください。

大学サッカー、試合に出るためには自分のストロングポイントを持つことが重要だと個人的には思っています(あと守備ができる)。そのストロングポイントだけはどこの大学の選手にも負けないという武器を持っている選手は強いです。この大学には本当にいろいろな種類の選手がいて個性もよりどりみどりです。まずは自分にとっての一番の武器を知りましょう。

ただ、武器というものはやはり使いどころが重要で、いくら足が速いFWでも相手のラインと駆け引きしなければ怖くないし、シュートがうまくても相手ゴール付近まで侵入できない、いいポジションをとれなければ宝の持ち腐れとなってしまいます。そこで一歩踏み込んで、どういったプレー、ポジショニングをすれば武器をフル活用できるのか考えてみてください。ここで重要なのが菅野の言っていた85分間です。準備の時間と考えるのがいいですね。

もう一つ、チームではどういうプレーが必要か考えて、そのなかでも自分が身につけられそうなプレーを伸ばしていってほしいと思います。スキルの取捨選択とでも言いましょか。自分は、身の程を知るというか、できないことはできないと割り切ることは結構大切なことだと思っています(守備以外)。これ引退するまでにできるようにならなそう、そう思うプレーは捨てちゃっていいです。自分はロングキックとシュート捨ててました。時間は有限なので今はできないけれど今後できるようになりそう、そんな技術を伸ばしてほしいかなって思います。

②見て学ぶ

よく言われてることですけど自分はプロの試合から学ぶというよりかは身近な人から学んでいったことのほうが多いです。

ヘディングは高校の先輩を見て覚えました。守備は1年の時の先輩を見て、最近できるようになった背負うボールキープは響や中村こうたが練習や試合で手使うのがうまいのに気づいて、自分も背負うとき手を使うようにしたら急にできるようになりました。

手を使うことなんて多分基本中の基本だけど、視点を変えてみることで分かるそういった何でもない『気づき』って結構大切だったりします。そしてさっき言ったようにこのチームはいろいろなストロングポイントを持った選手がいます。ほかの人のうまい部分にどんどん気づいていって、どんどんお互いに吸収出来たら、サッカーうまくなれそうじゃないですか。

自分がサッカーについて伝えたいことはこの2つですかね。

こうやって書いてみると、結構去年の先輩とかとおんなじこと思ってるんだなーて思います。Timさんみたいにもっとサッカーうまくなれたと思うし(最後が一番成長期だった)、舜さんみたいに後輩みんなうらやましいし、一朗さんみたいな基準の話はミーティングでみんなにした話です。感慨深いです。まあこうたさんみたいにすごいことは考えなかったし、E岡さんみたいに空き缶を積み上げたりはしてないけど。

ただ5年、10年後にインカレにいけるチームの基盤を作ってもらったら2年後に行っちゃいました(笑)的な話をこうたさんにできなくなったのは残念です。来年に期待してます。

あともう1つ、後輩のすばらしさについて二ッ森から語ってほしいといわれたのでちょっと書こうかな。

もともと自分はそんなに先輩後輩にコミュニケーションとっていくタイプではありません。高校の時もそうでした。しかし大学2年になって同期理系が減っていき、4年で続けるの俺だけ説が浮上し、これ後輩と仲良くなっとかないとやばいな…という、そんな思いから積極的にコミュニケーションし始めました。

自己中心的な、打算的なそんな考えは、自分の大学サッカーのみならず、大学生活を華やかで、豊かで、それでいて刺激的なものに変えてくれました。

正直こんなに関わりが深くなるとは思っていませんでした。一緒にサッカーする以外にも一緒にカラオケ行ったり、ウイイレしたり、旅行に行ったりベガルタ見に行ったりライブに行ったり飲み会したりキモい恋バナ聞いたり…幾らでも思い出があふれてきます。特に3年生が招待してくれたキャンプは最高でした。あれは来年もやるべきだね。

本当は一人一人との思い出を語りたいところですがクソほど長くなりそうなのでやめときます。こんなに未練タラタラなのも、自分が思っている以上にこの部活が大好きになってしまっていたのも、君たちあってこそです。最高のクソ野郎達だったよ。

といってもこれでお別れなわけではないので。まだ2年は仙台いる予定だし、練習にもちょくちょく顔出すし、次に会ったときはこのブログ思い出して気まずい顔するかもしれないけどよろしく。

終わりが近づいてきました。最後に流れに乗る感じで感謝を。

まずは同期。菅野とはもう出会って13年(半生以上とかエモすぎる)、港斗とは7年、響、パイソン、颯太、ちゅーそんとは4年 本当に長い間サッカーをしてきたなぁって思います。結局最後同期と撮った写真が一番心に残っています。ありがとう。来年就職してもまた仙台戻ってきてね。社会人なんだからお金出してね。

あと今まで自分のサッカーにかかわってくれた人たち。あなた達のおかげで今の自分があります。ありがとう。

家族は遠いところから応援に来てくれました。片付けスキルは成長していませんが、サッカーでは成長した姿は見せられたでしょうか。様々なサポートありがとう。いつか恩返しします。

なんか今生の別れみたいになってしまったので、最後は自分らしく締めたいと思います。やっぱ堅苦しいのは性に合わないので、一言で。

شكرا لترجمتك

また会いましょう。では。

ありがとう、さようなら

こんにちは、法学部4年の宗村光太郎です。

部活を引退してからというもの、暇になるのかなーと思いきや、意外とそうでもなかったので、まだサッカーから離れたさみしさをそこまで感じずにいる今日この頃です。

さて遺言ブログも3人目となりました。菅野もそんちゅーも伝えたい思いを彼らなりの言葉で書いていて、いいブログでしたね。自分は何を伝えられるかなーと思っていたのですが、正直あんまり思いつきませんでした…

ということで、突然ですが、僕のサッカー部での思い出ベスト3を発表することにします!

完全に自己満足ブログですが最後なので許してください。ひまな時に見ていただければ幸いです。

サッカー部での思い出ランキング 

第3位「本気でやめようとしたときに助けてくれたイケメン」

これは1年の6月のことです。入部してまだ2か月ちょっとしか経っていなかったのですが、僕は薄々あることに気付き始めていました。「あ、俺大学も4年間出られなそうだな」と。僕は中高とベンチを温め続ける期間が長かったので、大学こそはぜってえ出てやる!と強く思いながら入部しました。ですがいざ練習をしてみると、みんな上手いし、強いし、速いし、すぐに気持ちは折れてしまいました。「また出られないのは辛いしいやだなあ……」と思い、まずはキャプテンに辞めることを伝えに行きました。当時は評定で練習をしていたのでチャリを漕いでいったのですが、途中でランニングをしている同学年の仲間達とすれ違いました。「どうしたの?」と聞かれたので「これから辞めることを伝えに行く」と言いました。そのときのみんなの何となく悲しそうな表情を覚えています。その後チャリをまた漕ぎ始めましたが、みんなと会ったことで「やっぱり続けようかなあ…」と思ってしまったので、キャプテンに言うのはまた後日にして、迷いを振り払うべく、次に入ろうとしていたサイクリング部の部室に向かいました。大学時代にチャリで日本一周することが夢だった僕は、部の方に熱い想いをぶつけました。

「チャリで日本一周したいんです!入れてください!」

しかし現実は非情でした。

「だめです。今は募集していないので10月に来てください。」

途方に暮れながら家に帰り、今後どうするか色々考えました。

「あと4か月何して過ごせばいいんだ…」

「サッカー部に戻ろうにももうやめるって言ったしな…」

ぐるぐると悩んでいた時に同学年のある部員からLINEが来ました。

「色々悩んでるだろうけど、頑張ろうぜ!なんかあったらいつでも聞くからさ。」

確かこんな内容だったと思います。めちゃくちゃ嬉しかったし、ありがたかったし、こんなイケメンがいるんだなあとも思いました。もしこのLINEが無かったら…、もしサイクリング部が部員を通年募集していたら…今とは全然違う大学生活になっていたことでしょう。

2位「学院戦&高校の後輩と出た引退試合」

・学院戦

先ほども述べたように、入部当初はあんまり希望を持てていませんでしたが3年時には何とか試合に出ることができました。中でも後期の学院戦が一番印象に残っています。前半の終了間際に響が先制したのですが、これが自分のことのように嬉しかった。中高は全然出てなかったので、仲間の活躍=自分の不遇ととらえて、仲間のミスをむしろ喜んでいた気がします。試合に出てもチームのためになんて考えずに自分がいかにミスをしないか、いいプレーができるかだけを考えていました。大学3年にして気付くのは遅すぎる気がしますが、初めて自分がサッカーというチームスポーツをしている実感が湧きました。

・引退試合

引退試合はIリーグ八戸学院3rdとの試合でした。最後の試合ということで絶対に勝って終わりたいなあと思っていたのですが、後輩の長浜君の先制点を皮切りに4点も取ることができ、見事勝利することができました。この結果だけでも十分嬉しいのですが、最後に同じ高校の後輩である長浜君と五ノ井君と同じピッチに立てたことがさらに嬉しかった。僕が高校で辞めなかったから、僕も彼らもサッカーが好きで大学まで続けたから実現できたことだと思います。この試合はずっと忘れずにいたいと思います。

(茂野君がケガで来れなかったのが残念ですが…学年対抗戦の時みんなで写真撮ろう)

1位「オフザピッチでの交流」

サッカー部なのにサッカー以外での交流が一番記憶に残っている気がします。僕は友人関係において少数精鋭主義をとっているので、日常生活で一番関わりがあったのがサッカー部の仲間なわけですが、彼らと4年間で本当に色々な経験をすることができました。飲み会で騒いだり、FIFAしたり、練習後飯に行ったり、FIFAしたり、練習中プレーについて議論したり、FIFAしたり…。サッカーから離れても、何十年たっても付き合っていくであろう仲間ができたと思います。

最近はみんなに会えていないので、また飲み会なり、FIFAをしましょう。誘ってもらえたら絶対行くので。

とまあこんな感じです。

最後のミーティングで「続ければ何か掴むものがある」と言いましたが、このランキングを見て、僕が本当に何か掴んだんだなあと思ってもらえたらうれしいです。

正直その何かを説明するのはめちゃくちゃ難しいですが、後輩の皆さんはこれからサッカー部で経験するであろういくつもの出来事を通して、決して一言では言い表せない大きなものを掴むと思いますし、その時に僕が伝えたかったことがきっとわかるはずです。

「宗村、何か言ってたけどこういうことなのか」と。

長くなりましたがこのあたりで終えたいと思います。

最後になりますが、一緒にサッカーをした仲間達、チームを支えてくれたマネさん方、学生時代にお世話になった顧問の先生方、本当にありがとうございました。

今の僕があるのも皆さんのおかげです。感謝しかありません。

そして家族

サッカーの試合会場への送迎だけでなく、お弁当を作ってくれたり、試合の応援をしてくれて本当にありがとう。来年社会人として、一生懸命頑張りたいと思います。

それではお元気で、さようなら。